これは特に団塊の世代だけが傍若無人なのだというわけではなく、おそらくは加齢が原因で起こる、感情の暴発が原因なのだろうと思います。これは私の個人的な観察の結果思うことですが、一般に歳を取ると、周りの状況が目に入らなくなったり、感情の抑制が効かなくなったりすることが多いようです。駅やバス停などで人が並んでいるのが目に入らず、列に割り込んでしまうオバサンをたまに見かけますが、あれなんかはその典型です。歳を取って物理的に視野そのものが狭くなっているので、人が並んでいるのが見えていないのです。しかも感情の抑制も利かなくなっているので、それを注意されると怒りだしたりする。要は年寄というのは子どもと一緒で、周りが見えず、自分中心になってしまう。これは歳のせいで起こるもので、ある意味で仕方のないものなのだと思います。
「毎日15分早く出社して90分遅く退社するなんて馬鹿げていると思う。病気の時に有給を消化するっていうのもおかしい。転職するためには前の会社で有給を少なめにとっておかないといけないらしいんです。これって変でしょう?」
「“精神的な病”で仕事場を何週間、何か月もあける人がいるんですけど、それは働きすぎ、働きまくってたのが原因なんです。」
「祖母が亡くなった時、私の上司は周りと同じようなルールに従うように命じました。それは、お通夜やお葬式のために2日は休んでもいいけど、それ以外の日はすべて“バケーション”扱いになるというルールでした。日本人はみんな働き過ぎで、リラックスすることが許されない社会的プレッシャーにさらされているんです。」
人間が自信をなくす原因は、自信の持ちすぎである。
自分が「この程度の仕事サクッと終わらせられる」と思っているのに、実際にやるとうまくいかないとき、人は自信をなくす。
「抜群のスピーチをしよう」と思って、実際にはうまく喋れなくて、自信をなくす。
妄想の中の自分が事実に反して素晴らしすぎるから、その「妄想の中の素晴らしい自分」が振る舞うように振舞おうとして、できないので苦しむ。
「自分の仕事に自信がない」というのは、奇跡的な成功を頭で妄想しているせい。現実の自分ができるようにしかできない。できることをすればよい。「自分は精一杯やった」と思える状態を目指すのがよい。
母は家計簿をつけてみて、小さな出費を削るより、大きな出費を削る方がずっと効果的であることを発見したという。
- 気付き
- 野菜や鶏卵の特売に目の色を変えるより、「牛肉NG」「刺身NG」「冷凍食品NG」「調理器具の予算は年1万円まで」と決めてしまう方が簡単・確実だ。
- 自炊の低コスト化に苦心するより、「外食NG」の大方針を守る方が容易かつ効果的だ。
- 結局、いちばん「幸せだな」と感じるのは、夫や子どもが気持ちよさそうに昼寝しているとき。
- 基本方針
- 「人並みの生活」をフルコースで実現しようとしない。「日常」に特化する。
- 状況に即応しない。判断に枠をはめる。
- 具体例
- 外食しない。
- 新車を買わない。中古車を買うのに100万円以上は出さない。買った車は買取査定がマイナス(有料引取)になるまで乗り潰す。
- 収納スペースを増やさない。見直しは3年に1回に限る。収納が満杯になったら、物品の購入を停止する。(この規制は食料品、衣料品、調理器具に対して非常に効果的)
- 衣料品については、個別価格の上限と年間予算の上限を設ける。(店員にはまず予算を伝える。上限価格オーバーの商品は見えても「見ない」。これは牛肉なども同じ)
- 会社の保養所(1泊1500円)と実家への帰省の他に、泊りがけの旅行はしない。
- 安くて丈夫な家電を選び、ていねいに長く使い続ける。また、使わないものは買わない。逆に、買ったら最低100回使用しなければ捨ててはならない。
- 本人が希望しない限り、学習塾や習い事はさせない。いろいろ紹介はしても、勧めることは避ける。
結局のところ、どこかで帳尻を合わせなければならない。だが、「外食しないのが当たり前」「会社の保養所がある場所の他には旅行しないのが当たり 前」といった感覚を持つことができれば、年収400万円未満でも惨めな思いをすることなく、子ども2人を大学までやることができる。ようは、気の持ちよう だ。
それさえできれば、あとは経験を整理して明確な方針を立て、淡々と日々の生活を組み立てていくことで、自ずと幸せに毎日を過ごせるわけだ。
……が、自分の気持ちをコントロールできない人が世の中には多い。「当たり前」の基準を家庭の外に求めて、自分は不幸だと感じてしまう。だから、年収400万円未満では「無理せず再生産が可能」な水準とは考えない人が少なくないのではないかと思う。





